沖縄自決関係
「そもそも、沖縄がああいう悲惨なのになった原因は
住民の疎開を散々妨害した挙句、いざ沖縄が戦場になるとなったら
「出張」と称してトンズラこいた第26代沖縄県知事・泉守紀に
かなりの部分があるわけですが。
#しかも彼はのうのうと香川県知事をやっている。
しかも戦後じゃなくて出張→転任のコンボで終戦迎えてる。」
「どんな理由で泉知事は疎開を妨害したんですか?
もしそれが事実なら、事前に住民を移動させておけば、
悲劇は避けられたということじゃないですか。
たしか硫黄島は住民を移動させていますよね。」
「フレッシュアイwikiからの転載だけど。
>さらに1944年7月7日にサイパンが陥落し東条内閣は緊急閣議を開き「沖縄に戦火が及ぶ公算大」と判断、
>沖縄本島、宮古、石垣、奄美、徳之島の五島から60歳以上と15歳未満の老幼婦女子と学童を本土及び
>台湾へ疎開させることを決定、沖縄県に通達し、疎開目標は「本土へ8万、台湾へ2万の計10万」と決定されたが、
>泉は公然とこれに反対したと言われている。 そのような知事の姿勢もあってか、当初は県民の疎開機運は一向に盛り上がらなかった。
>1944年10月10日の10・10空襲の際には、警備本部や県庁には姿を見せず官舎の防空壕に籠もったままだったという証言があり、
>深夜には県庁を普天間の県中頭地区地方事務所に移す県達を出し、自らも率先して公用車で避難した。
>この行動は結果として戦災復興や行政機能回復に足枷をかけることとなり県職員の士気は喪失し、県民の間から
>傲然たる知事批判が巻き起こったとされている。
>1944年12月に第三十二軍が1944年12月に「南西諸島警備要項」を作成し「敵の上陸に備えて60歳以上と15歳未満の老幼婦女子と
>国民学校以下の児童を昭和二十年二月までに本島北部に疎開させる」と言う計画を作成したが、泉は「山岳地帯で、耕地もない
>北部へ県民を追いやれば、戦争が始まる前に飢餓状態が起きる」と反対した。 しかし、泉を始め県は軍に対案を示さず
>現地軍との交渉が不調に陥ると問題を内務省と陸軍省に棚上げした。
#絵に描いたような無能です。」
おまけ
「集団自決の話で言えば8月にNEWS ZEROの特集で、
キャスターっぽい人のじいさんが沖縄で集団自決しそうになった
体験を30分くらいかけて放送していたが、
そのじいさんの証言は
「山の洞窟へ批難したら、すでに自決している村人がいた。
自分達も自決しなければ。。」
ということで、姉弟でお互いに死のうとした。
が、なかなか死にきれず、山の下のほうから声がする。
それは近所のばあーさんの声で、死ぬなと言われて自決をやめた。
軍からの命令は直接聞かなかったし、強制されて死んだ人は見ていない。
しかし、軍の強制がなかったと教科書に書くのは許せない。政府に断固抗議する
と、わけわからんことを言っていたのを放送していてアングリしたよ。」
「今、軍令軍令と騒いでいるけど、この「疎開決定、通達」こそ軍令であり、
軍が住民を虐殺(と言っている人たちもいる)どころか、
米軍の上陸に備えて「救出しようとしていた」ことの証明ではないですか……。
開いた口が塞がらない。」
「知花くららのお祖父さんだったっけ?
なんか、自分の話に酔ってるみたいだったけど。
事実とちょっとずれた所で、“お話”ができ
あがってる感じで、ちょっとキモかったね。」
#あーなるほどね…